つれづれなる技術屋日記

しがない技術屋。専門は情報工学で、「つれづれ技術屋」って呼んで。

赤穂浪士討ち入りでの「銅鑼(どら)」

CS放送での時代劇の番組を見てると、12月では忠臣蔵に関する映画等の放送が結構多い。12月14日が討ち入りの日で、それに関するイベントなどがあるせいだろう。また、忠臣蔵に関する映画や演劇などが数多く、またファンも多い。毎年のようにいくつか放送されても、ネタ切れになることもないのも原因と思われる。

 


   

 

先月末にCSの放送で目にしたのが、「決算!忠臣蔵」。原作とも言える(山本先生の)「忠臣蔵の決算書」も購入してたが、パラパラと見て本棚の奥へ。映画公開は知ってたけど、先延ばし。結局、CS放送での視聴となった。(Amazonでは配信もあるようで、こんな時代劇ジャンルも配信するんだ~と、少し感服。)

 

この映画というか原作は、赤穂浪士の討ち入りでの収支を題材にしたもので、基本的に史実に近いもの。討ち入りの収支決算書「預置候金銀請払帳」が箱根神社に保存してあり、今までの映画でも瑤泉院との最後の面会でそれに関すると思われるシーンはあったと思う。が、本映画/原作のような詳細なのは無かったかと思うし、本映画ではその他での史実も結構多い。ただ、映画の方は、漫才系の人の出演とかが多くて、お笑い映画近くに演出してある。

 

で、タイトルの「銅鑼(どら)」の件。忠臣蔵というか赤穂浪士ファンには馴染みのある史実だけど、討ち入りの装備の中に、太鼓ではなくて、銅鑼が記載されていたというもの。映画「決算!忠臣蔵」では、その銅鑼説を採用している。ただしがあって、この映画では、リハーサルとする事前演習のシーンで、討ち入りの最初で銅鑼を使用して裏門のメンバーにも伝わるようにとしている。

 

で、ここのブログって、技術ネタが多いので、これが技術ネタ?と思われる方が多いかと思う。ただ個人的には、当時の状況で、情報通信の手段として太鼓と銅鑼のどっちが良いと考えるのは良い事と思った次第である。

真夜中で、表門-裏門の130m超の距離、そして敵(吉良側)に悟られないように、、、。距離までの事を考えると、太鼓よりも銅鑼だと思える。やはり響くことと、”かけや”での打ちこわしとか、”かすがい”の打ち込みの音と区別しやすいのが利点だろう。

さらに言えば、銅鑼などよりも提灯や龕灯(がんどう)、松明といった光学系の方が良さそうに思える。でもそれらは、討ち入りの最初の時。討ち入り後(凱旋時)なら、太鼓とか銅鑼の方が、町の人たちにも聞こえて良かったのだと思える。また凱旋時でも、太鼓よりは銅鐸の方が有効だろう。

 

なお、討ち入りに太鼓と銅鑼のどちらを使っただろうかということと、赤穂浪士に関する映画とかドラマ、あるいはゲームとかアニメにする時にどうしようかは少し別。史実としては討ち入りに用意する武具に銅鑼が含まれてただけで、実際がどっちだったかはわからないと言っても過言ではない。

本映画では、実際の討ち入りのシーンは無くて、あくまでリハーサルとして映像化。一応、討ち入り時に銅鑼を使用するような描写になってる。個人的には、上で書いたように討ち入り後(凱旋時)に使ったのかな~と思う。

そんな議論を考えると、以下のように相反する案が複数。

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映画とかだと、実際はコンセプトの検討時でプロデューサーとか脚本家さんらを中心とした議論だろうけど、ここでは分りやすいように監督に相反するアイデアが集まるという訳だ。こんなことが山ほど、、、、。製品開発とか、新サービスの開発ではしょっちゅう起こる。

 

本映画での討ち入り時の太鼓か銅鑼かは上で述べたとおりだけど、本映画が史実中心ながらお笑い系映画に仕上げてある。「一向二裏」の戦法や戦帷子の件は、笑いの演出を交えながらも詳しく描画。逆に、史実主体と言っても、史実では病死の矢頭長助(ナインティナイン岡村隆史さんが演じる)を、暗殺されるとしたりしている。

赤穂浪士に国元のグループと江戸の急進派がいるが、本映画では国元グループのほとんどが関西弁。個人的には、2つの対比が分り易くて好感だが、これは意図されたものかは??

 

そんなことと思うと、上で述べた製品開発とか新サービスの開発での意見対立も、基本的なコンセプトが重要で、それそれの局面での最適解を融通し合うことも必要と言える。機能てんこ盛りで自滅なんてのは、ここ2,30年で日本での製品に結構多いと考える。

 

季節柄、赤穂浪士ネタで直近に見た映画の事もあって、つらつら書いてみた。

 

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