つれづれなる技術屋日記

しがない技術屋。専門は情報工学で、「つれづれ技術屋」って呼んで。

明治の感染病対策「避病院」

新型コロナ感染が1年近く経過しようとして、感染の最初の頃のテレビ番組を時々再生してる。特に最初の緊急事態宣言の前後には、新型インフルエンザやSARSに関する昔の番組を再編成したものや、スペイン風邪コレラ等での取り組みなども紹介されてて勉強になる。

 

で、それらの番組の中で直接述べられてわけではなくて関連して調べてるうちだったと思うが、目に付いたのが「避病院(ひびょういん)」。ウィキなどでも掲載されている。そこでの”隔離病舎(かくりびょうしゃ)”から、”避病舎(ひびょうしゃ)”を連想した。

 

避病院 - Wikipedia

 

実は、実家の近くに「ひびょうしゃ」なる地名というか場所の名前があり、小さい頃に耳にしてはいたものの、漢字等までは知らなかった。野戦病院みたいなという言われ方が多かったけど、伝染病との言もあった気はする。

 

そこは、自分の小さな頃でも林になってて、田んぼと林の境界みたいな位置。林の中に、さほど大きくないコンクリ板を片付けたような跡が3,4箇所。林で薄暗くて、気味が悪いくらいだった。

 

昭和の中頃まで村で、平成にかけても、ほんとの病院も多分村に1つだけだったはずだ。田んぼと林の境界で、よくもこんな所に建てたもんだと思った。あるいは、周りが田んぼになったのが後で、太平洋戦争前後なのかもしれない。

 

避病院は明治時代に造られた日本の伝染病専門病院。昭和期では「隔離病舎」として小学校教科書に記載されてたそうだ。

そんな伝染病専門病院が、自分の実家では村に1つといった状況。ネットで「避病院 ○○県」とか「避病舎 ○○県」などで調べると、具体的に分かるケースがポツリポツリとある。避病舎も呼び方としては少なくない。それらを明治10年代などに、一挙に建てたんだろう。

 

新型コロナに関するニュースやワイドショーで、「医療機関の逼迫」が叫ばれてる。少ないと思われるが、自治体によっては、新しい病棟建てたりベッド増やしたりしている。ワクチンの事もあるから比べてはいけないんだろうが、避病院への取り組みと、ついつい対比的に思いをはせてしまった。少なくとも、病院とか保健所の効率化も、程度問題だったのではと思える。

 

避病院に限らず、スペイン風邪コレラ等での、当時の政府や自治体の取り組みを少し知るだけでも、昨今の新型コロナ対策の接し方での大きな参考になると考えた。

 

 

蛇足:実家のその避病舎から数百メートル離れた所には”招魂社”がある。戦没者のためのもので、他の地域にもあるだろう。護国神社やそして靖国神社も、元々はそう呼ばれてたとのこと。

 

 

追記(20210407):「避病院」は、直接テレビ番組で見たものだった。2020/08/19(水) のNHKBSプレミアムでの、”英雄たちの選択「衛生国家への挑戦~3人の先覚者たち~」”。その番組で、長与専斎の所での西南戦争直後のコレラ流行への対策として、図の中での文字+ナレーションで述べられた。ちなみに、そのコレラでは1年で、感染者数=13816人、死者=8027人だったとのこと。

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